シルクは横浜から船で運ばれ、バンクーバー駅でシルクトレインに積み込まれました
2014年に富岡製糸場が世界遺産に登録されました。
富岡製糸場の観光客は急増し、シルクの歴史についてさらに興味を持った人も多いことでしょう。
それでも、日本のシルクとカナダの鉄道の結びつきや、シルクトレインの存在までは話題にならないようです。
アジアとヨーロッパは、シルクロードを通じて茶や陶器などさまざまな商品がやりとりされました。シルクロードというだけあって、価値としてはシルクが別格だったのでしょう。
19世紀に大陸横断鉄道が開通すると、アジアとアメリカ大陸の交易は太平洋航路+大陸横断鉄道が中心となりました。
この時代でもやはりシルクは別格で、「シルクトレイン」なる専用列車が運行されました。明治時代の日本の発展と密接に関連していていることもあって、日本でもっと知られていてもいいのではないかと思う存在です。
シルクトレインは、知れば知るほど面白い存在です。
ランク付けすると、シルクトレイン>ロイヤルトレイン(王室専用列車)>特急列車>普通列車>貨物列車 という位置づけでした。以下にその理由を説明します。
第一に、ものすごく速い。
シルクトレインの運行はどの列車よりも優先され、特急列車を含むすべての列車が待避させられます。
大陸横断鉄道では、機関車を付け替えたり、石炭や水を補給したり、運転手が交代したり、という作業が途中で何度も必要になりますが、これも今のF1レースのピットのようなスピードが求められていました。
さまざまな努力の甲斐あって、最速の特急よりもまる1日早く東海岸に到達していたそうです。
英領のカナダではイギリス王室が視察や旅行することがしばしばでした。王室専用列車(ロイヤルトレインといいます)ですら待避してシルクトレインに道を譲ったそうです。
第二に、装備が特別だった。
列車強盗に備えて武装した鉄道員が乗り込んで警備しました。近寄り難い雰囲気だったに違いありません。
重い荷物を支える貨車と、スピードと乗り心地重視の客車では台車が異なるのですが、シルク専用の貨車にはスピードと乗り心地重視の特急列車の台車が用意されました。
第三に、時刻表にはもちろん載らず、不定期なので幻に近い存在だった。
スピードは太平洋航路の貨物船からシルクトレインへの積み込みでも極めて重視されました。
貨物船は毎日来るわけではないし、天候によって到着する時間もまちまちです。
船の到着にあわせて慌ただしく専用貨車に積み込みが行われ、積み込みが完了したらすぐに出発し、特急列車もブッちぎってばく進する。シルクトレインを見ようと思っても、いつ走るかわからないのでほとんど不可能だったのです。
なぜそれほどまでにスピードが重視されたかというと、一つは保険料です。
シルクは大変高価で、運送にあたっての保険料も相当な額になりました。保険料は運送時間に比例して掛けられたので、一分でも節約して目的地へ運ぶ必要があったのです。
シルクは船会社にとっても鉄道会社にとっても貴重なお客様だったので、カナダ・アメリカの鉄道各社で熾烈な競争が繰り広げられたのですが、抜きん出た存在だったのがカナディアンパシフィック鉄道(CP)です。
CPは最新鋭の船を自前で複数持っていたので、船を持たないカナディアンナショナル鉄道(CN)などとは歴然とした実力差がありました。
また、アジアからの航路はバンクーバーがもっとも近く、サンフランシスコなどのアメリカの港に比べてバンクーバーには1日以上早く到着する点も強力な大きな強みでした。
シルクトレインはアメリカ・カナダのさまざまな鉄道会社に存在しましたが、バンクーバーからニューヨークへと運んだカナダのシルクトレインがもっとも有名です。
富岡製糸場や「あゝ野麦峠」で製糸の苦労を知るとともに、製品が大変な労力を費やしながらアメリカ東海岸へと届けられたことも知っておいてよいのではないでしょうか。シルクを日本の女工が紡いだことは知られていますが、それがシルクトレインで運ばれてニューヨークの5番街などで富裕層に売られていたのはあまり知られていません。
パナマ運河の開通で船に積んだまま太平洋からアメリカ東海岸へ輸送されるようになると、バンクーバーの港としての地位もシルクトレインの価値も大幅に低下しました。
1929年の大恐慌が追い討ちをかけ、さらに戦争によってシルクトレインは終焉を迎えます。
ある地方で勤務していたときに、20代の同僚が蚕のことを「おかいこさま」と呼ぶのでびっくりしたことがあります。
聞くと実家が兼業で養蚕農家をやっており、祖父母も父母もみんな「おかいこさま」と呼ぶので、その呼び方しかできないとのことでした。子供のときからずっとそう呼んでいるので、「かいこ」の方が違和感があるそうです。
シルクトレインに載せられていたのは蚕ではなくシルクだけれど、鉄道員も特別な呼び方をしていたのではないかと思ってしまいます。「今日の貨物は?」「シルクさまだよ!」と。