Home / バンクーバーを歩く・観る / バンクーバー日本人街の名残① 田村新吉のタムラハウス(Tamura house)

 

 

 

映画「バンクーバーの朝日」では何度も朝日軍が活躍した球場が映し出されます。

この球場跡の公園に隣接しているのが、「Tamura House」で、日本人街の数少ない生き証人です。

 

 

明治・大正・昭和を通じて活躍した実業家、政治家として、田村新吉という人物がいます。

明治にアメリカに留学、バンクーバーに貿易店を開き、成功を収め、その後帰国し神戸を拠点に活躍しました。

日加合同貯蓄銀行社長、衆議院・貴族院議員という経歴が物語るように、いわゆる「大物」だったわけです。

 

Tamura House(タムラハウス)は田村新吉が1913年に建てたものですが、今見てもかなり大きな建築物です。

映画では貧しい日本人ばかりが描出されますが、実際には相当な財力を蓄えた日本人がバンクーバーにいたことがうかがえます。

 

田村新吉は神戸を拠点とし、社会活動家の城ノブとも交友があったとされます。

きっと朝日軍も経済的にサポートすることがあったのではないでしょうか。そんなことをふと想像してしまいました。

 

当時はNew World Hotelと名づけられ、通りに面した1階には日系人の多数の商店がひしめいていました。

最初から日本人が所有した建物ですが、建築が洋式なだけでなく、名称もNew World Hotelと完全に英語だったというのが特徴です。

アジア式の建築と中国名が目立つチャイナタウンと対比され、日系移民が現地により溶け込もうとする姿勢だったことがうかがえる、と解釈する人もいるようです。

 

 

 

 

 

タムラハウスと球場跡の公園の間の交差点が、かつての日本人街の中心だったそうです。

いまは雰囲気のとてもよくない一角にすぎず、日本人街の面影はない、といってもよいくらいです。

 

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